ささ記_February 2016






















2月の扉絵は「菜の花とオリーブオイル」。3年前の「食楽」連載春号の挿絵より

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2月29日(月)
風が強かったり、晴れたり、雨が降ったりと、忙しい天気でした。
4年に1度の2月29日。
4年前の今日は何してたんだろうと、4年前の「ささ記」を見たら、雪が降ったようでした。
東北への旅(5日間も行ってた!)から帰ってきた翌日でもあり、
楽しかった時間を思い出している日でもありました。

今日は夕方から小唄と三味線のお稽古。
三味線で習っている「空や久しく」。
糸のはじき方に新しい技が入っていて、これが難しい。
小指から順に花が開いていくように、
薬指、中指、人差し指と、内側から外側に向かって指を開きながら糸を弾く。
練習を重ねて上手くできたら、優雅でしょうな。







2月28日(日)
洗濯日和。
1回目はキッチンクロス類。
2回目はコンフォタケースやバスタオルなど大物を。

朝も午後のおやつタイムも、毎日たっぷりミルクティを飲んでいます。
朝飲んでいるのは、もう何年もずっと同じ、マカイバリのアッサムリーフタイプ。
茶葉を注文すると、送って下さる荷物の中に試飲用のサンプルをひとつ入れてくださいます。
今回は秋摘み紅茶のオータムナルクラシック(ダージリン)。
まだもったいなくて飲んでませんが、毎回そのサンプルも楽しみにしています。
午後の紅茶は、ロンネフェルトのアイリッシュモルトでした。
12月に伊勢丹に出店していた時に買ったものでしたが、今日で飲みきったしまった。
フレーバーティーはあまり得意ではないのですが、これは好きでした。
お茶をしながら、好きな本やインテリア雑誌のページをめくる時間の幸せなこと。





2月27日(土)
今日も晴れましたが風が強くて寒い。
6時近くまで明るくなってきました。
夕方富士山は見えなかったけど、西の空の仄かな桃色が美しかった。




2月26日(金)
晴れましたが気温は低め。
ひさしぶりの富士山。午後は雲の中でしたが。

先日みたモランディの展覧会で、
ピエロ・デッラ・フランチェスカ、シャルダン、セザンヌなど、
モランディが影響あるいは共感していた画家たちの名前が出ていました。
だいぶ前に買って一度だけ読んでいた「モランディとその時代」岡田温司著・人文書院を、
まさに今、読み直す時が来たようです。
ロラン・バルトの「明るい部屋」をじきに読み終わるので、それから読み始めてみるとします。
以前この「モランディとその時代」を読んでから以降、
シャルダン展もセザンヌ展も東京で行われ、絵をみる機会を得たこと、
そしてピエロ・デッラ・フランチェスカについては、
岩波から出ているマリリン・アロンバーグ・レーヴィン著・緒川春樹訳の本を
今、並行して読んでいるので、昔読んだ時よりもずっと、モランディとその時代」を
楽しく読めそうな気がしてます。
そういえば今回の展示で買った図録の中の文に、
女優のモニカビッティがかつてモランディの絵を2点所有していたけれど、
家が火事になって2点とも焼失してしまったとありました。
彼女はどんな作品を持っていて、どのように飾っていたのか。







2月25日(木)
朝のうちうっすらと雪が積もっていたようです。
私が起きたときには、雪の気配はありませんでしたけど。
先日、堀井さんと散歩をご一緒したときに入ったセレクトショップで、
堀井さんがまず「ピエール・ガーリッシュの椅子だ」とおっしゃいました。
アルミのかっこいい椅子がディスプレイとしてひとつ、置いてありました。
そういえば、原宿のレフェクトワールができた頃、
ロビンデイの椅子があるから見に行きましょうと連れていってくれたのも堀井さんでした。
恥ずかしながらわたくし、ピエール・ガーリッシュもロビンデイも知りませんでした。
ハウエルにもある椅子だと説明下さったときに、なるほどと分かったのですが。
で、今、アルミのピエール・ガーリッシュの椅子が気になってます。
冬は特にお尻が冷たくなりそうですが。








2月24日(水)
寒い。
夜から雨。
夜中は雪になるかやもしれないらしい。
夕方、Zakkaへポストカードの納品へ。
欠品していた、「シカちゃん」「おはようでござる」「PLUS」の3種類です。
以前のniloのホームページの「HOT SHOPPING」ページでは、
これら3種類も買うことができるようになっているのですが、
もう更新できないために、在庫がなくなったことをお伝えできませんが、
今回Zakkaへの納品分で「在庫なし」とさせていただきます。

眸さんが「コーヒーミル」のポストカードはまだある?と聞いてくれました。
好きなのだそう。
嬉しかった。
コーヒーミルをガリガリ回す仕草できいてくれたのが、かわいかった。
今度また御用聞きいたしますとお返事しました。
納品のあと、カプチーノを飲んで、身体と気持ちをほっとさせて、渋谷経由で帰ってきました。







2月23日(火)
なんとなくはっきりしなかったお天気は午後から少しずつ空が明るくなってきて、
夜には月もくっきりと見えました。
亮太君と午後からお出かけ。
まずはステーションギャラリーでモランディ展。
待ちに待った展示でした。
モランディの絵に対してぼんやりと感じていた、例えば量感や光のこと、構図、形、など、
それらがどのようにして描かれてきたかが、少しだけ分かったような気がしました。
油絵はもちろん、水彩、エッチング、鉛筆のドローイング、それぞれが充実していて、ふっとため息がもれる。
また足を運ぼうと思う。
そのあと軽く食事をとってから、夜は、高橋悠治さんのピアノを聴きに。
毎年この時期にあるピアノリサイタルに亮太君と行くようになって今年で3回目。
築地から浜離宮朝日ホールまで歩きながら、今年はずいぶんあったかいねと話す。
風向きのせいか、築地市場から漂ってくる魚の匂いもなんとなく春めいていた。
今回は「夜の音楽」。
プログラムに書かれている高橋悠治さんによる曲紹介の言葉を読んでいるだけで、
そこからもう夜が身体に入ってくるよう。
素晴らしい演奏でした。
モランディは、どんな音楽を聴いていたのだろうと、演奏を聴きながらふと思う。

1日に、2つも素晴らしいものをみてしまった。




2月22日(月)
小唄のお稽古を終えて外に出ると雨が降り始めていました。
家に帰ってすぐ、外に干したままのエプロンを取り込む。

午前中ラジオで1959年9月16日放送分の「朝の訪問・志賀直哉」を聴きました。
貴重な録音だと改めて思う。
阿川弘之氏も昨年お亡くなりになり、おふたりはもうこの世にはいない。
前回この録音を聞いたときは、阿川氏はまだご存命だったので、
今日はまた一段と感慨深かった。
志賀直哉が伊丹君(伊丹万作)、濱田君(濱田庄司)と、君づけで親しく呼んでいるのもよかった。
濱田君には、骨壷をお願いしていたようです。
阿川弘之氏の「志賀直哉」に、志賀先生のお葬式は
建築家の谷口吉郎氏が、シンプルな会場を作ったとありました。
最後に住んだ渋谷常盤松の家も谷口吉郎設計によるものです。
取り壊される前にぎりぎり1度だけ外から見ることができました。






2月21日(日)
月のきれいな夜。
雨は朝には止んでいて、よいお天気になりました。

東日本大震災の津波で集落の3分の1の住民の方が亡くなり、
集落の再建を断念したという福島県南相馬市の漁港地区のニュースをラジオで聴きました。
100年余り続いた集落が終わる。
大根を切っていた手をとめて、しばし考えるともなしに考えてしまう。




2月20日(土)
昼前から雨。
ストールがみつかったこと、よかったと、
友達や、昨年倉敷でのお話会に参加下さった方からメールをいただきました。
今日の雨の日の前でよかったねと言ってくれたのは眸さんでした。
ほんとうによかった。
まだうれしい余韻の残っている土曜日の夕方です。




2月19日(金)
晴れ。
気温も上がり、春の陽気でした。
今日のお昼はひさしぶりにuzuraの潤ちゃんのお弁当。
春巻きがメイン。今日もおいしくいただきました。

昨日、亮太母栄子さんより、盛岡のお土産や野菜などたくさんの食料が届きました。
亮太君のご両親は、盛岡や秋田などよく旅行をされていて、そのたびにいつもお土産を買ってきて下さいます。
そういえば、おふたりに盛岡に連れていってもらったのはいつだっけと調べたら、もう4年前でした。
楽しい旅でした。
平泉の中尊寺にも連れていってもらいました。
雪景色の中、亮太父の長靴を借りて歩いたのも思い出深い。
お土産には、今回も正食普及会ロシアビスケットが入っていました。
食べるたびに、好き度が増していきます。
栄子さんからの荷物が届くと、亮太君の目と胃袋がうれしそう。




2月18日(木)
晴れ。風がない分、昨日より暖かく感じました。
夕方、富士山も見えました。

なんと!!!
本日、ストール、見っかったのです。
図書館から帰って来た亮太君と、7時過ぎにスーパーへ買い物に行った帰り道。
亮太君が自転車を押しながら歩き、私は亮太君の左側を歩いていました。
句の話をしていたら、「あ、美穂さんのだ!」と突然亮太君に言われて左を見ると、
柵に私のストールが、しっかりと結びつけてあるではあ〜りませんか。
その時の私、ものすごく笑顔だったと思います。
拾って結んでおいて下さった方に感謝いたします。
そして見つけてくれた亮太君にも。
行きも通った道で、私はストールの側に顔を向けていたはずなのに、まったく気づかなかった。
ぜんぜん汚れてなかったけど、家に着いて早速洗剤とお湯につけ置きし、じゃぶじゃぶ洗って干しました。
うれしいな〜。







2月17日(水)
晴れましたが、風が冷たかった。
朝、富士山がくっきり。
きっと夕方も見えたと思うけど、暗くなってから帰宅したので見られず。
行きに駅まで歩いていたとき、沈丁花の香りが鼻をかすめました。
あたりを見回したら、花がありました。
いつも自転車で通っている道ですが、歩く速度と風向きで今日気づきました。
春ですな。
午後はひとつお店を覗いてからZakkaへ。
先週も堀井さんと、ちらっとだけ寄ったのですが、今日はゆっくりとお茶をしました。
眸さんがカプチーノを作っているところを、さりげなく(笑)見る時間も好きです。
先日落としたストールの話を眸さんにしちゃいました。
築地に行ったときに、巻いてたストール?と言われて、
そうだった、眸さんと初めて築地をご一緒したあのときも巻いてたんだった・・・・と、
落としたことをあきらめきれてないのでした。
Zakkaのあと、新宿へ出て世界堂経由で帰ってきました。





2月16日(火)
晴れ。朝は富士山がみえなかったけど、夕方はくっきり。
月もきれいです。
おさらい会の前に不注意で切った指の傷はずいぶんよくなりました。
昨日のお稽古の時は糸をはじいても痛みはほとんどなかった。
井山さんが、アロンアルファーを速達で送って下さったり、
ワタナベさんが強力なバンソーコーを送って下さったり、
うれしくて早く治ったのかもしれません。
ひとり暮らしで風邪をひいた時、玄関のドアノブにお見舞いの食料をそっとかけておいてくれた女友達もいてくれます。
どれだけありがたかったことか。
やさしくされたことのある人は、やさしくなれるのだと思う。




2月15日(月)
寒かった。
でも、花粉が飛び始めたようです。
朝、NHKラジオのアーカイブス番組で、阿川弘之さんの第2回目をやっているのを偶然聴けました。
1回目は聴き逃してました)。
1978年3月16日放送の分。志賀直哉の話がたくさん聴けました。
阿川弘之が車に志賀先生を乗せて運転していると、
都内の道に詳しい先生が、横から「そこを右に曲がって」と言うのだけど、
一通で曲がれなくても、「いいから曲がっちゃいなさい」と。
道に詳しいけど、交通ルールには詳しくないとおっしゃってました。
この話は、阿川弘之著「志賀直哉」にも掲載されていなかったような。
志賀直哉にはのびのびとしたユーモアがあり、ユーモアの大切さも話してらした。
来週は、以前にも聞いたことのある、
1959年9月16日放送分の「朝の訪問・志賀直哉」が放送されるよう。
当時39歳だった阿川弘之氏と76歳の志賀先生。
手帳につけておかないと。




2月14日(日)
強風。
ぐいぐい気温が上がりました。
あとひと月ほどでサクラサクですな。
陽が沈む頃、ようやく風もおさまってきて、暮れてゆく蒼い静かな空を
部屋の中から眺めていました。
ストール、どこに落としちゃったんだろうと、心の中は穏やかではなかったのですが。

夕飯の買い物に出かけるとき、薄手のコートだけだと首元が寂しいと思い、
お気に入りのストール(紺白のボーダーで、両端だけちょこっと赤色になっている)を、巻いて出ました。
3〜4分くらい自転車で走ったあたりで、ふと首元を触ったら、巻いてあるはずのものがない。
落としたかと、探しながら来た道を戻って自転車置き場をみて、部屋まで戻ったけど、やっぱりなかった。
Y姉さんがそれこそこれまでにZakkaで買った中島さんのマフラーを2回、
そして結構なお値段のネックレスもこれまた2回落とした話を聞いていて、
聞いてる私まで残念な思いをしていましたが、落とすときってこういう感覚なんだなと。
帰り道、かわいい月が見えたことだし、こんな暖かな陽気だったことだし、
しょうがないとあきらめるには、よい日だったかもしれません。




2月13日(土
曇りで風が強い。気温はだいぶ上がったよう。
雲の間から見える空の青色がどれもすこしずつ濃さが違うように見えました。

昨日の帰り、青山から渋谷へ向かう時、
前にたまたま通りかかって気になっていたパン屋さんで、角食を買ってみました。
今朝はその角食のトースト。皮がぱりっ、中はしっとり、おいしい!
渋谷でパンを買うときは、バゲットだったらヒカリエ地下のロブションか、ヴィロン、
クロワッサンはゴントランシェリエ、そして角食は昨日買ったパンオスリールになりそう。
昨日その角食を6枚に切り分けているとき、焼き立てであまりにおいしそうな匂いだったから、
そのまま1枚食べちゃいました。
どこのパンもそれぞれおいしいけれど、一番おいしいのは焼きたてのパン。
焼きたてのバゲットを買って帰るとき、お行儀はよくないけれど、
我慢できずに歩きながらむしって食べることがあります。








2月12日(金
曇りがちの1日。
今日は堀井さんとお会いしました。
11時半に代々木八幡で待ち合わせをして、数件お店を覗いてからお昼を食べて、
渋谷の東急本店へ抜ける道沿いのお店もいくつか見て、お茶をして、
青山のほうへ出てというコースを散歩しました。
途中お茶をはさんで、堀井さんとお話ししながら歩いていたからかもしれませんが、
八幡から青山まであっという間という感覚でした。

1丁目ほりい事務所で作っていらっしゃる「UN CAHIER DU PRODUIT」も4になり、
毎年いただくのが楽しみになっています。
井上さんがデザインして公文さんが写真を撮っています。
4は色のあるモノが多くあって、ああ、堀井さんの色だなあと思いました。
パリも南仏もヴァーモントもサンフランシスコも松本も盛岡も北欧も、
堀井さんの目を通してみたモノや風景に憧れておりました。
堀井さんの書かれる文章と写真から、たくさんのことを教わってきたことを思い返したりしました。
お昼はやしまでうどんを食べたのですが、そういえば堀井さんと博多をご一緒した時にも、おうどん食べたなあと。
2泊3日で、堀井さんとふたりで博多に旅行したことがあるのです!
堀井さんの妹さん家族が博多にいらした頃で、17〜8年くらい前になるのか。
ホテルのそばでお昼を食べようと、たまたま入ったうどん屋さんがとてもおいしかったのでした。
当時まだ小さかった姪っ子さんたち、上のお嬢さんは今年の春から社会人になるそうです。








2月11日(木
穏やかな春の陽気の1日でした。
お休みの亮太君ですが、建国記念日でいつも行く図書館もお休みなので家で勉強。
なので、以前、葉山在住の敏腕ライターO女史よりいただいたLONGTRAKFOODSのパンケーキミックスで、
パンケーキを焼いてくれるという、うれしい朝食になりました。
窓の外の光も穏やかで、休日という感じがしました。
おいしゅうございました。

午前中、母より食料などが届く。
お願いしていたブツにしては重いなと思ったらまた亮太君にプレモルが。ありがたい。
実家に昔からあって、欲しいと思っていたお盆も今回送ってもらいました。
「あのお盆も送って」と母に言うと、
「家ごと送ろうか。ジジババつきで」と言われました。
どうぞ」と答えました。
ひとつの木をくりぬいて作ったどっしりとしたお盆。
送ってもらって分かったのですが、こちらの住まいにはしっくりこなかった・・・。
古い田舎家の柱や障子、畳という空間に置いてあるほうが、ずっと映えるお盆なのでした。
欲をかいちゃだめですね。

夕飯の買い物ルートを今日はちょっと変えて、大きなミモザのあるおうちの前を通りました。
蕾の淡いレモン色があたりの空気をふわっとやわらげていました。
芽吹きの季節。








2月10日(水
いいお天気。雲ひとつない真っ青な空。
昨日mさんがPATHのクロワッサンとパンオショコラを2つずつお土産にくださいました。
私は昨日のお昼に早速ひとつずついただき、
亮太君は図書館から帰ってきてから、ショコラのほうだけ食べて、
クロワッサンは明日の朝、半分ずつ食べようと残しておいてくれました。
そして今日の朝食は、半分にしてちょっとだけ温めたクロワッサンを、いつもの食パンのあとにいただきました。
先日in-kyoで買った「たべるとくらしの研究所」の塩こがしキャラメルを塗って。
クロワッサンだけでも充分おいしかったのですが、この組み合わせはおいしさ倍増でした。




2月9日(火
晴れましたが少し風がある。
午前中、河出のmさんが先日出た石井好子さんのご本のカバーの絵を返却しに来て下さる。
原画と印刷を比べながら、色を出すのは難しいねと話す。
3時過ぎ、明るいうちに夕飯の買い物へ。
影がもう春の色だった。
風のおかげで、木が揺れているのが道に映っていて、影の存在に気づいたのでした。
スーパーの前に本屋さんを覗いて、
石井好子さんの「人生はこよなく美しく」が並んでいるかチェックする。
近所の本屋さんは河出文庫の棚がとても少ないのですが、新刊なので1冊ささっていました。
文庫版では、石井好子さんの秘書だった方の「うなぎとウイスキー」という文章も読めます。






2月8日(月
時折晴れ間が出たり、曇ったり。

ちょっと喉と鼻があやしい。昨日の疲れもあるのかな。
おさらい会では、全員の発表が終わったあと6時くらいから食事会になります。
その時、お楽しみ会と称して、八重さんが毎回1曲だけ踊ってくださいます。
踊りのひとつひとつの動き、そして表情の細やかなこと。
昨日は踊っているところを写真に撮りました。
八重さんに承諾を得たので、写真を掲載いたします。
美しい八重さん。目の保養に。










2月7日(日
いいお天気。富士山も真っ白。
年に1度のおさらい会の日はいつも晴れます!
朝、三味線を弾いてみるものの、抑えるのはそれなりに抑えることができるけど、
糸をはじくのが難しい(痛みを伴う)。
もう、起こってしまったことはしょうがないよと昨日亮太君に言われたので、
はじく箇所は弱い音になってしまうけど、それでベストを尽くそうと出かける。
駅までの道を歩きながら空を見ると、青くてきれいなので、前向きな気持ちになる。

なんとか無事に終わりました。
三味線は80点くらいかな。それより唄がよくなかった。
亮太君にそのことを話すと、唄は指と関係ないよねとつっこまれる(笑)。
ごもっともでございます。
他の方たちの上手な唄や三味線をききながら、日頃から落ち着いて、ゆったりと練習しようと思う。
そして本日も90歳を超えるE氏とI氏のお唄が聞けたことは、しあわせな時間でした。
帰り際、I氏が、佐々木さんとはめったにお目にかかれないけれど、
僕も元気に長生きして、またこうして楽しくお目にかかりましょうとおっしゃって、とてもじんとしました。





2月6日(土
晴れましたが空気が冷たかった。
昨夜ネギを切っていた時に、左手人差指の爪の横の内側をざっくり切ってしまいました。
明日はおさらい会なのに、このままでは三味線の糸が抑えられない。
真っ青というか、がっかりというか。
前に井山さんのインスタで、あかぎれをアロンアルファで固めて作業したことが
載っていたことを思い出して、井山さんに相談してみる。
とりあえずエキバンなるものを買って様子をみてみることに。

午後からは丸の内と銀座へ。
探していたものがあったのだけど、見つからず。

夜、心配して井山さんが再度電話をくださいました。
とりあえず、エキバンと布テープで固定する方法で乗り切ってみることにしたことを話す。
まったく次元が違う例えで申し訳ないけれど、オリンピックの選手は4年に1度の大会の本番に、
自分を一番いいコンディションに持っていくことに、どれだけ集中して日頃の練習をしているか、
そして日常生活にもどれだけ注意を払っているかということを想像したのでした。





2月5日(金
昼間は晴れて暖かくなりました。
ぼんやりと富士山が見えていましたが、写真は撮らず。
暖かいうちに、夕飯の買い物をすませ、あとは三味線のお稽古。
昨夜亮太君がyoutubeでアート・リンゼイが見たいというので、
(亮太君のPCは古すぎて動画がほとんど見られないのです)一緒に見ていました。
最近のアート・リンゼイも、変わらずいかしてました。
そのあと、細野さんと聖子ちゃんが一緒に映っている動画(天国のキッス)見て、最後にジュリーを見ました。
ジュリーがこんなに美しくて色っぽかったことに、今さらながら驚いてしまいました。
わたくし小学生の時、地元のちびっこのど自慢大会に母に勝手にエントリーされて
「勝手にしやがれ」を歌った苦い思い出があります(笑)。
帽子を飛ばしたかどうかは記憶にございませんが。





2月4日(木
pcのキーボードが冷たい。
午後から少し青い空が見えました。
立春。
4時前、in-kyoへ。
蔵前のお店は今月20日までで、春から福島に移られます。
ちえさんにお会いするのは、春に井山さんのおうちにご一緒して以来なので、ご無沙汰してしまいました。
少しの時間でしたが、ゆっくり話ができてよかった。
福島でのお店が落ち着かれた頃、伺えるのを楽しみに。

さてカバーの絵を描かせていただいた石井好子さんの
「人生はこよなく美しく」河出文庫 が明日発売されます。
What's newのページにカバーの画像をアップしました。
ページの下のほうに、今日のスキ帖18、今日の富士山2016、
そしてWhat's newがありますので、覗いてみてください。





2月3日(水
今日も晴れましたが、寒い。
富士山は1日見えず終い。
1日1日、日の入りの時間が延びていて、5時を過ぎてもまだ明るい。
今日のように晴れた日の夕暮れは、空や雲の色が沈んでいく夕日と共に刻々と変化していく様を、
窓枠を額に見立てて、動く印象派の絵のようだと見とれていることが多い。

今、机の上には、2011年に行われたハンス・ヨゼフソン展のDM(行きそびれてこの展示をみていない)と、
1993年にポンピドゥーで行われたマチス展の時に撮ったマチスの彫刻の写真と、
立花大先生の「猿」の文字の年賀状を並べて置いています。
この3枚の連なりが、私的にとてもいい。
大先生のだけは平面ですが、そもそもというか、もはやというか、
平面だとか、立体だとか、写真だとか、絵だとか、文字だとか、映像だとか、
そういう枠の中にはないのだと、2枚の彫刻の作品と共に眺めています


夜、亮太君が帰ってきてから豆まき。
毎年亮太君が鬼の面をつけて鬼役です。
律儀に外に出て、面をつけて玄関から入ってきて、最後も外に退散して、面を外して戻ってきてくれます。
今年は砂糖のついたお豆にしたら、おいしくて100個くらい食べてしまった。







2月2日(火
晴れました。
家の中の陽の当たる所にいると暖かくて春が来たかと思うほどでしたが、
午後から外に出ると風が冷たく、やはりまだ冬でした。
表参道で用事を済ませてから、Zakkaでお茶。
眸さんに、最近は夕飯は何を作ってるのと聞かれて、夕飯のおかずの話など。
昨日の夕飯は思い出せるけど、一昨日は何を作ったんだっけ。。。?
てな感じで、けっこう思い出せない私でしたが。
Zakkaにいた頃、当時眸さんたちの住まいはZakkaの上(すぐ上ではないですよ)にあって、
ふた月に1度くらいおうちにおよばれして、夕飯を食べさせてもらったことは今でもよ〜く覚えています。
北出さんのあげてくれる天ぷらのおいしかったこと、
眸さんの九州のおうちから冬になると送られてくるフグのお刺身、フグ鍋。
お店が終わってから家に戻られて、ちょこちょこっと段取りよく作ってくださる眸さんの料理が、
Zakkaで扱っている作家さんの器に盛られて出てくることが、当時の私には夢のようでした。
北出家での食事の時間は、私の記憶の中でもかなりしあわせな思い出です。





2月1日(月
1日曇っていて、空気が冷たかった。
でも洗濯をしてしまう。
夕方、小唄と三味線のお稽古。
穂積氏に、彩さんのおばあさまである宮脇綾子さんの作品集を見せようと持って出かける。
先日、ふくい南青山291でやっていた渡辺弘子さんの作品展のことを教えて下さった時に、
宮脇綾子さんの話をしたらご存知なかったので。
宮脇綾子さんのご子息で、彩さんの父上でもある檀氏と穂積氏は、すごく若い頃からのお知り合い。
その頃のことを、お稽古のあい間にまた話してくれました。
彩さんにも聞かせてあげたかった。
こんな風に昔の話を聞けること、とても貴重な時間だと思っています。
小唄のお稽古が楽しいのは、人生の大先輩の方々とお会いできるからというのも大いにあります。
今週の日曜日はおさらい会。
おさらい会の時にしかお話しできない、穂積氏よりさらに先輩の方々にお目にかかれるのが、楽しみ。